
中堅企業の自律的成長に向けた条件とは何か―阻害要因の解明と、官民連携による突破口①―
前稿の「中堅企業成長ビジョンのKGI・KPIに見る、政府のファミリービジネスへの期待と、ファミリービジネスとしての活用」では、「中堅企業成長ビジョン」で設定されたKGIとKPIから、『ファミリービジネスが太宗を占める中堅企業』を日本経済の成長主体に位置づける政府姿勢を確認、そのような政府姿勢だからこそ、KGIやKPIを経営戦略と接続させ、自社をより戦略的存在に高めることをご提言しました。
本稿からは2回にわたり、政府設定のKGIやKPI達成がされるような自律的成長を中堅企業が果たすにあたり、政府が認識している中堅企業の課題をご紹介します。
中堅企業の自律的成長環境に必要な要素
「中堅企業成長ビジョン」では中堅企業の自律的成長環境に必要な要素を、二つに大別しています。
- 中堅企業の成長ビジョン・ガバナンス
- 中堅企業を取り巻く伴走支援者のノウハウやマッチング制度を高度化・普遍化する仕組み
この分類は自律的成長環境を中堅企業の内部環境と外部環境に大別した整理と言えます。この整理を踏まえ、自社の自律的成長に向けた「中堅企業成長ビジョン」記載内容の活用を考えると、以下のようになります。
①まず、内部環境課題を述べている『 1.中堅企業の成長ビジョン・ガバナンス』の項を参考に自社の状況を点検する。
②その上で、外部環境課題を述べている 『2.中堅企業を取り巻く伴走支援者のノウハウやマッチング制度を高度化・普遍化する仕組み』に記載の、各種ノウハウやマッチング制度の活用方法を自社の経営戦略に落とし込む。
このように「中堅企業成長ビジョン」の内容を経営戦略に有効活用していただくため、本稿ではまず内部環境にあたる 『1.中堅企業の成長ビジョン・ガバナンス』を読み解きます。
自律的成長のために成長ビジョンが必要な理由
まず、成長ビジョンが自律的成長に必要な理由を概観します。中堅企業成長ビジョンでは、中小企業フェーズで多く見られる経営者や一部の突出した人材に依存した、いわゆる個人戦の状況から組織戦への移行と、資金や人材等の経営資源の獲得が課題だと、以下のように述べられています。
- 中堅企業は規模拡大に伴い、これまでは経営者の能力や現場の勘・暗黙知等で対処出来ていた課題が、経営管理手法を駆使した組織能力も用いて対処することが必要になる。
- 持続的に企業価値を高めるための長期の成長ビジョンやその実現に必要な経営体制が未整備なために、結果として、資金や人材等の経営資源 獲得とその有効的活用に苦戦するケースも見られる。
さらに、外部からの経営資源の獲得という点は、以下のようにも述べられています。
- ステークホルダーへの情報発信を通じて成長期待を形成することで資金や人材等の経営資源を確保し、適切な伴走支援者を活用しつつ、リスクをとった大胆な成長投資を実践することが必要である。
このように課題として挙げられている「外部からの経営資源の獲得」を経営資源の提供を行う社外ステークホルダーの立場から捉えると、「保有資源の、他社成長への投資(金銭出資に限らない)」と言えます。よって、他社の経営資源活用や人材マーケットからの採用等をしようと思えば、自社の長期的成長ビジョンを明確にし、それをステークホルダーに発信し理解を得ることが必須です。
さらに以下記述から、この外部資源獲得先としてのステークホルダーを、政府も含めて認識することが、今まで以上に重要になると考えられます。
- (中堅企業支援)施策の対象を成長志向の企業に重点化する方針を明確にし、先進的な経営を実践する企業の認知度を高めることで、企業の成長意欲を喚起する。加えて、伴走支援者や資本市場・労働市場等に対して成長志向の企業を可視化するため、支援企業の取組や成長ビジョンを広く社会に対して情報発信するとともに、企業がこれらステークホルダーと円滑に対話するための環境を整備する。
中堅企業支援施策の対象を成長志向企業に重点化し、かつ成長志向企業の取り組みや成長ビジョンを、政府が広く社会に情報発信することを明言していることは注目すべきです。
これは、明確な成長ビジョンを持ち中堅企業支援施策を活用した企業の、成長ビジョンのステークホルダーへの発信に、政府のレバレッジがかかることを意味します。これにより、成長志向企業には必然的に経営資源が集まりやすくなり、成長ビジョンが明確な企業とそうではない企業との間で、その成長スピードに違いが生じやすくなると考えられます。
加えて、「中堅企業成長ビジョン」では述べられていないものの、ファミリービジネスの観点から、成長ビジョンを共有すべきステークホルダーとして忘れてはならないのが、創業ファミリーです。
ガバナンスの項でも触れられていますが、中堅企業は相続権を有する創業家ファミリーメンバーの関係性も複雑化する傾向にあります。さらに、ファミリービジネスはガバナンスの2層構造(詳細後述)を持ち、企業の自律的成長に、一致団結したファミリーの経営戦略に対する一貫した支援が欠かせません。つまり、中堅企業にとってファミリーは最重要ステークホルダーです。
ファミリーの一体性醸成と、一体化したファミリーからの経営戦略に対する長期的支援を実現し、自律的成長の基盤を確固たるものにするため、ファミリーとの成長ビジョンの共有は非常に重要な要素です。
自律的成長のためにガバナンスが必要な理由
次に、ガバナンスが自律的成長に必要な理由を概観します。まず、前章の『自律的成長のために成長ビジョンが必要な理由』でも問題提起された、「個人戦から組織戦への移行」と、「経営資源の獲得」の2つの観点から、ガバナンスの整備も必要であると、以下のように述べられています。
- 中堅企業は、金融機関やPE ファンド・投資家等の伴走支援者との中長期の成長に向けた対話・関与を強めていくとともに、株主だけでなく、顧客、従業員や地域社会等の幅広いステークホルダーからの成長期待を集め、双方にとって有益な関係を構築することが重要である。
- 企業が持続的に成長するためには、取締役会が経営陣・取締役に対する助言や監督等の役割を適切に果たすことができるよう、独立社外取締役を活用することも有効である。
念のための整理を付すと、これら2つの観点から整備が必要なのはコーポレートガバナンスです
中小企業の非上場ファミリービジネスの多くは、「個人戦」かつ「所有と経営が一致」の状態であるため、取締役会に本来の機能(独立し客観的立場からの業務執行の監督、企業戦略等の大きな方向性の提示、 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備など)が必ずしも必要とされない状況があります。
しかし、中堅企業として個人戦から組織戦に移行し、ファミリービジネス固有の強みである中長期的観点にたった自律的成長を実現しようと思えば、非上のファミリービジネスでもコーポレートガバナンスの強化は重要な要素であることは、かねてより弊社も指摘してきた通りです。
詳細は別記事「ファミリービジネス(同族経営)の成功・失敗要因」をご覧ください
そして、今回の中堅企業支援体系整備で最注目点の、ファミリービジネス特有の課題に着目したガバナンスの課題についても、以下のように記述されています。
- 中堅企業へと成長する過程において、事業承継や外部資本受入・上場等の経営体制の転換点を迎えることで、経営と所有、又は、監督と執行の分離が徐々に進展し、経営者と所有者である株主、さらには、相続権を有する創業家のファミリーメンバーも含めた関係性が複雑化するため、ファミリービジネスの長所を残しつつ、短所となるリスクに適切に対処していく ファミリーガバナンスが、中堅企業が成長を続けていくために必要不可欠となる。
「中堅企業元年-中堅企業政策に見るファミリービジネスへの再評価」では、ファミリービジネスへの再評価をご紹介し、「中堅企業成長ビジョンのKGI・KPIに見る、政府のファミリービジネスへの期待と、ファミリービジネスとしての活用」では、長所と同時に短所も認識されていることをご紹介しました。
この短所について、中堅企業成長ビジョンでは「経営者の独善的行動」、「成長意欲の減衰(エントレンチメント)」、「お家騒動による企業価値毀損」が具体的代表例として挙げられています。
学術研究ではかねてより、ファミリービジネスは非ファミリービジネスと比較し、全体として経営パフォーマンスの平均値は高いのと同時に、個別企業を見ると経営パフォーマンスの良い企業と悪い企業の差が大きい傾向があり、この企業ごとのパフォーマンスの差はファミリーの経営関与の在り方によって生じていることが知られていました。
詳細は別記事「ファミリービジネスとは?同族経営の成功要因を解説」内の、ファミリービジネスのメリットとデメリットをご覧ください
政府は、こうしたファミリービジネス特有の課題への対応に、ファミリーが意思決定をするための仕組みであるファミリーガバナンスが重要であると捉え、ファミリーガバナンス構築ノウハウの社会浸透に向け「ファミリービジネスのガバナンス規範」を策定し、支援制度の利用にも一定のガバナンス水準を求める方向性を示しています。
ファミリーガバナンスについては別記事「ファミリーガバナンスとは?成功のための基礎知識」をご覧ください。
経産省主導で2024年3月から「ファミリービジネスのガバナンスの在り方に関する研究会(外部サイト)」が始まり、夏頃にはファミリーガバナンス規範が策定・発表予定であることは、「中堅企業成長ビジョンのKGI・KPIに見る、政府のファミリービジネスへの期待と、ファミリービジネスとしての活用」でもご紹介した通りです。
ガバナンスの項をまとめると、中堅企業の自律的成長に、「個人戦から組織戦への移行」と、「経営資源の獲得」の観点からは「コーポレートガバナンス」の強化が、ファミリービジネス特有の長所を活かし短所を抑える観点からは「ファミリーガバナンス」の強化という、2種類のガバナンス強化の必要性が示されているのが、重要な点です。
この2種類のガバナンスの関係性は、ファミリーガバナンスがコーポレートガバナンスの基底にあると考えられており、「ファミリービジネスのガバナンスの2層構造」として、ファミリービジネスの安定的な経営に重要な要素と、学術の世界で知られています。
詳細は別記事「ファミリーガバナンスとは?成功のための基礎知識」内のファミリービジネスのガバナンスの二重構造をご覧ください
整備が期待される中堅企業支援体系
本稿では、中堅企業の自律的成長環境に必要な要素の中でも、内部環境に相当する、成長ビジョンとガバナンスを概観しました。
そして、見えてきた注目点は、今回整備される中堅企業支援体系の「成長を後押しする制度」と「ガバナンスの水準との連動性」、という2つの特徴でした。
ここに一貫しているのは、今回整備される中堅企業支援体系の、中堅企業を経済成長の担い手として位置づけた戦略的な投資と言える性質です。
この性質が故、政府は、中堅企業支援体系を通じ、中堅企業に自律的成長に必要な行動変容を促すガバナンス改革の枠組みを提示しようとしていると考えられます。
翻って、支援活用を検討する中堅ファミリービジネスの視点から、更なる自律的成長や支援活用の位置づけを考えると、それは、創業当初の「自社の存続に重きが置かれた段階」から、「経済社会の構造改革に参画する段階」への移行、と言えるでしょう。
このような移行には、内外(「内」には会社内とファミリー内双方を含むことに注意)の資源の戦略的かつ組織的活用が必須であり、その端緒として内部の自覚的ガバナンス改革が、さらにその第一歩として成長ビジョンの明確化である「自社の現状把握と将来像の言語化」が求められると言えます。
このように支援対象者に経済成長の担い手になることと、その実現に向けたコーポレートとファミリー双方のガバナンス改革を求めるという意味で、今回整備される中堅企業支援体系は、「制度を利用する主体の覚悟」が試される支援体系と言えるかもしれません。
次回は、中堅企業の自律的成長環境に必要な要素のうち、外部環境にあたる『 2.中堅企業を取り巻く伴走支援者のノウハウやマッチング制度を高度化・普遍化する仕組み』を概観していきます。