日本におけるファミリーオフィスの実態

日本において全法人の90%以上をファミリービジネスが占めると言われています。これらファミリービジネスを営む一族の中には、本来、ファミリーオフィス※で管理すべき規模の資産を保有する一族もいます。しかしながら、日本ではファミリーオフィスの普及が進んでいません。 

今回は、なぜ日本では欧米のようにファミリーオフィスの普及が進んでこなかったのか、その要因を分析すると同時に、今後の日本におけるファミリーオフィスの成長の可能性について展望したいと思います。 

※ファミリーオフィス:一族事業を所有する一族の永続化を実現するために様々な財産及び非財産を管理・運用する組織です。 

【参考資料】ファミリーオフィスについて

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目次[非表示]

  1. 1.日本のファミリービジネスの特徴
  2. 2.日本でファミリーオフィスが普及していない背景
    1. 2.1.資産規模
    2. 2.2.経済動向
    3. 2.3.雇用制度
    4. 2.4.スチュワードシップ
  3. 3.日本におけるファミリーオフィスの展望

日本のファミリービジネスの特徴

まず、図①をご覧ください。日本の創業100年以上を超える企業は3万社を超え、世界の創業100年以上の企業の総数に対して50%以上を占めます。(日経BPコンサルティング・周年事業ラボ「2022年100年企業〈世界編〉」)ここから、日本の伝統あるファミリービジネスの数は世界トップクラスだと言えます。

(図①)創業100年以上の企業数とその比率


創業100年以上の企業数とその比率

一方、それら総業100年以上の企業の売上規模を見ると、図②からお分かりいただけるように、日本では売上高10億円未満の企業が8割以上を占めます。(日経BPコンサルティング・周年事業ラボ「2020年100年企業〈世界編〉」) 図①の上位5位までに位置する他国と比べその比率が高いことが読み取れます。 

(図②)創業100年以上の企業における売上高規模別の比率


すなわち、日本では、時間の経過に伴い規模を拡大しているファミリービジネスは欧米に比べ相対的に少ないと言えます。日本におけるファミリービジネスに関する分析が、老舗論や中小企業論の中で論じられる傾向があるのは、こうした実態によるものだと推測できます。 

これに対し、欧米には国際的に展開し、垂直・水平統合を通じて事業規模を拡大している未公開の優良ファミリービジネスも数多く存在しています。今後、日本の国内市場は人口減少と経済の成熟化で構造的に縮小していきます。日本のファミリービジネスが、その伝統的な事業に世代ごとに市場が求めるイノベーションの付加やグローバル化を通して事業拡大していくためにも、欧米のファミリービジネスに学ぶべき点があると思われます。 

その意味で、世界のファミリービジネスの研究・研修の中核拠点の1つであるIMD(International institute for Management Development:国際経営開発研究所、スイス・ローザンヌのビジネススクール)が行っているIMDファミリービジネス大賞の受賞企業の発展の歴史には日本のファミリービジネスにもヒントを与えてくれます。 


日本でファミリーオフィスが普及していない背景

日本では、ファミリーオフィスの概念が未だ普及しておりません。その原因と考えられる代表的な4つの仮説を紹介致します。 

資産規模

第1に、一般的には一族事業規模の大きい一族ほど、ファミリーオフィスをより求める傾向があります。日本では上述の通り、創業100年以上の企業の内、売上高10億円未満の企業が8割以上を占めます。つまり、欧米に比べてファミリーオフィスが普及してこなかったのは、日本でファミリーオフィスを必要とする資産規模のファミリービジネスが相対的に少なかったことに起因すると考えられます。 

経済動向

第2に、高度経済成長の時代は過去の事業成長の延長線上での成長を図る傾向があり、先の見通しがつけやすいため、一族内の意思統一も比較的に容易でありました。そのためファミリーオフィスのようなファミリーの統一的意思決定の場を必要としなかったと考えられます

雇用制度

第3に、日本企業での、終身雇用制度及び年功序列制度の保障が原因として挙げられます。所得は労働量に比例する傾向が強く、年金の支給に対する懸念も僅かであったため、日本人の資産運用のニーズは相対的に低かった背景があります。日本人の現金・預金主義が未だに強いことを踏まえれば、ファミリーオフィスをわざわざ設立してまで資産運用を計画する一族は決して多くはないと、容易に想像していただけるかと思います。

スチュワードシップ

第4に、※スチュワードシップの概念の認識が広まっていないという点です。これは、欧米のように信託による富裕層の資産管理が進んでこなかったことにも起因すると思われます。 

※スチュワードシップ:未来から資産を預かるという受託者としての責任があることを表している。 


日本におけるファミリーオフィスの展望

2021年、アルケゴス問題※が日本のメディアで取り上げられました。このアルケゴス問題を契機に日本のメディアにより伝えられたファミリーオフィスの役割は、資産運用のみに光が当たっており、ファミリーオフィスの本来果たすべき役割の全体像を捉えてはいません。ファミリーオフィスが本来果たすべき役割については、詳しくは下記の記事を一読いただけましたら幸いです。 

※アルケゴス問題:アルケゴス・キャピタル・マネジメント(ファミリーオフィス)が多くの損失を発生させ、関与した金融機関にも大きな損害を発生させる事態に及んだ問題。 

  ファミリーオフィスが行う本来の資産運用 | 株式会社青山ファミリーオフィスサービス 株式会社青山ファミリーオフィスサービス


一方で、上記のような問題が広く報道されること自体、ファミリーオフィスへの潜在的なニーズが我が国に於いても高まりつつあることを示唆しているのではないでしょうか。 

VUCAの時代といわれるように、今日のビジネス環境は極めて流動的で、先の予想がつきにくい不透明な経営環境を迎えており、将来への備えがますます困難になっています。 

先に挙げたファミリーオフィスの普及を妨げてきた要因は退潮し、むしろ、一族の資産運用の高度化ニーズの高まりとともに、ファミリーオフィスへのニーズも高まっていくことでしょう。 

かつ、豊かで高い教育を受けた後継世代は、職業選択の自由を希求するため、一族事業への関与は従来の世代より希薄化することが予想されます。VUCAの時代の中、今後の一族及び一族事業のさらなる成長を支える一族を、従来のように一族事業に直接関与する一族メンバーに限定していては、一族による事業会社の保有継続は困難となります。 


しかし、これ資産運用の高度化や後継世代の職業世代の自由の尊重と事業承継のバランスの両立の実現は、一族の一体性を維持・強化し一族を統合する仕組み無くしては容易ではありません。それは、同じ一族の一員であっても、個々の立場や考え方は異なるからです。
加えて、先行きが見えにくい経営環境であるからこそ、先人たちが遺した知識や経験を深く学び環境変化への対応に生かしていく事の重要性は一層増してくるでしょう。 

その際に、ファミリーオフィスが一族の持つ有形資産と無形資産を一体的に管理・運用する必要性が高まります。これまで属人的に管理されてきた無形資産を、ファミリーオフィスという一族組織を通じて総合的に管理・活用することで、一族事業の成長や資産運用の成功を果たすことができます。 

今後、我が国において人口ボーナスや高度成長が期待し得ない(=事業収益や給与の伸びが小さい)からこそ、後継世代はファミリーオフィスを活用し、前世代が蓄積した有形・無形の資産をより効果的に運用しようとするニーズは高まると考えられます。 


ファミリーオフィスは、一族永続化の手段の1つに過ぎません。一族の一体性を強化するための家族憲章や一族会議体を通じてファミリーオフィスが適切に運用されてこそ、真に一族の永続化に資するものと考えるべきでしょう。


【参考資料】ファミリーオフィスについて

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米田 隆(監修)
米田 隆(監修)
早稲田大学商学学術院 ビジネス・ファイナンス研究センター 上級研究員(研究院教授) 公益社団法人日本証券アナリスト協会プライベートバンキング 教育委員会委員長 株式会社青山ファミリーオフィスサービス取締役 早稲田大学法学部卒業。日本興業銀行の行費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業、国際金融法務で修士号取得。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。著書に『世界のプライベート・バンキング「入門」』(ファーストプレス)、訳書に『ファミリービジネス 賢明なる成長への条件』(中央経済社) 等

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