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ファミリーオフィスが行うべき資産運用

2021年春、アルケゴス・キャピタル・マネジメント(以下、アルケゴス)による一連の問題により、日本ではまだ富裕層にしか認識の無いファミリーオフィスがややジャーナリスティックな形で取り上げられ注目を集めました。しかし、残念ながらマスメディアによる取扱い方はファミリーオフィスの本来の姿から程遠い表面的でかつ極端に歪められた形であった印象を持ちました。
そこで、今回はファミリーオフィスが担う本来の役割をご説明し、ファミリーオフィスが本来目指すべき資産運用の在り方についてご理解いただけるよう解説致します。

目次[非表示]

  1. 1.「ファミリーオフィス=大口資産運用会社」?
  2. 2.ファミリーオフィスの担い手である一族がもつ価値とは
  3. 3.ファミリーオフィスが行う本来の資産運用


「ファミリーオフィス=大口資産運用会社」?

まずは、アルケゴスのファミリーオフィスについて簡単に記載させていただきます。アルケゴスの中心人物は元ヘッジファンドの著名な運用者で、同社は米国の証券関連の規制を回避するために、規制の対象となっていない超大口の運用主体(少数の特定プロ投資家)を対象に運用業務を提供し、その結果、多くの損失を発生させ、関与した金融機関にも多大な損害を発生させることになりました。2021年3月に、同社は高い財務レバレッジを効かせた取引に失敗し、これに関与した多くの金融機関が損失を被り、そのことでマスコミの報道により脚光を浴びました。この結果、ファミリーオフィスの本来の概念が浸透していない日本では、「ファミリーオフィス=大口資産運用会社」としての認識に繋がったと懸念を抱く専門家は少なくない筈です。
ファミリーオフィスの中核業務が一族の資産管理や投資運用、税務などといった財務分野が重要な業務であることに間違いはありません。特に資産運用の巧拙は一族の資産の増減に直結するため、一族の最大の関心事です。しかし、「ファミリーオフィス=大口資産運用会社」というフレームで、ファミリーオフィス全体が本来果たすべき役割を説明することは正統ではないと考えます。一族の一体性強化やガバナンス整備、教育といった本来ファミリーオフィスが果たすべき重要な役割について全く触れられていないからです。ファミリーオフィスは、本来一族の使命や価値観を持続的に実現させるための器であり、資産運用においても、投資対象の選別や投資金額の検討などの財産面のリターンに注目するだけではなく、使命や価値観のような非財産分野も投資対象を選択する際に考慮することが求められています。


ファミリーオフィスの担い手である一族がもつ価値とは

ファミリーオフィスでの資産運用により得た金銭的メリットの根源には、一族の持つ「無形資産」が存在します。つまり、無形資産を担っている一族が金銭や不動産などの有形資産の価値を決めるのです。運用の担い手である一族がどのような価値観を持ち、何を目標にして、集団としてどのような能力・経験・人脈を有しているのかにより、自ずと運用理念や手段、そして、そのパフォーマンスや一族への価値にも大きな違いが出てくることは想像に難くないでしょう。そのような目に見えない一族の持つ資産を、私たちはファミリービジネスの文脈における無形資産と称しています。(一族の持つ有形資産及び無形資産につきましては、別ブログにて詳細のご説明をしておりますので、是非下記リンク先よりご一読下さい。)

  ファミリーオフィスの対象となる資産「無形資産編」 株式会社青山ファミリーオフィスサービス


資産運用において注目すべきポイントは、無形資産の価値は、一族の具体的な行動による一体性や一族間の調和など有形資産の持続的価値向上を通じて初めて明らかになることです。そして、厄介なことに、有形資産が増加したときよりも減少したときに、無形資産が果たしてきた価値の大きさを実感します。これは人間関係における「信頼」を築くのには長期を要し、失うのは一瞬であることと相似的関係にあると考えれば理解しやすいでしょう。一度失った一族の無形資産を元の水準に戻すには、積み上げるまでに要した努力と時間を遥かに上回る努力と時間を必要とするのです。一旦、負のレッテルが貼られてしまうと、容易に払拭できないことは皆様もお分かりいただけるかと思います。
したがって、運用の損益は、戦略や社会情勢だけでなく、一族の持つ無形資産の良し悪しにも大いに影響を受けるものなのです。それ故、ファミリーオフィスの設計・運営を支援する私たちは、一族の持つ無形資産の洗い出しを行い、どの無形資産には、どの程度のお金と時間を使い、誰がどのように負担してきたのか世代間で認識を共有して、後継世代へ承継することを推奨しています。こうした機能を包括的に担うことも資産運用と同様にファミリーオフィスの重要な役割なのです。

ファミリーオフィスが行う本来の資産運用

個人での運用であれば、上述の無形資産が与える影響は通常、限定的なもので特段支障はきたさないでしょう。しかし、一定規模以上の事業を営む大きな一族になればなる程、何かしらの仕組み無くして個々人の持つ無形資産を一族間で十分に共有することは不可能です。仮に、強力なリーダーシップをもつ中心人物が一族にいる場合においても、その方が亡くなった後のことを考えれば、存命中に仕組みによって無形資産を整備することは重要となります。亡くなられた後では、一族は急速に求心力を失い、結果として一族にとって最適な運用はできなくなるリスクが高まるからです。
一族の無形資産をフル稼働して資産運用することの利点は計り知れません。例えば、下記のような利点が挙げられます。

①より多くの情報・経験を集積、共有できること

②多様な考えに基づいてより慎重で適切な判断を下せること

③一族メンバーの個性を活かした役割の分化

また、運用で得た資金の一部を一族の社会貢献活動などに費やすことで、一族の社会からの評判や信用、信頼をさらに高め、一族の絆や一族が総有する社会関係資本を維持・強化することにも繋がり、そのことがさらに有利な投資機会を一族に呼び込みます。一族の無形資産が一族の有形資産の基底を成しているため、有形資産を活用することにより無形資産も増加するのです。両者はスパイラルな関係にあることがご理解いただけると思います。

ファミリーオフィスでの資産運用において、一族で行うことのメリットを享受し続けるには、同時に一族の絆を維持・強化する仕組みの構築と継続的な運用が必要となります。資産運用を成功に導くには、単に有形資産の運用に注力するのではなく、一族の無形資産を疎かにしてはならない配慮も重要となります。このことから、ファミリーオフィスは、単に有形資産の管理・運用を行うだけでなく、一族の持つ無形資産の管理も同時に担うことが重要なのです。「企業は人なり」という言葉がありますが、それは資産運用においても当てはまる概念だと私共は考えております。
​​​​​​​以上から、なぜマスメディアが取り上げるアルケゴスの事件は、ファミリーオフィスの機能を一面だけに偏重した報道になっているのではと危惧する理由がお分かりいただけたかと思います。

米田 隆(監修)
米田 隆(監修)

早稲田大学商学学術院 ビジネス・ファイナンス研究センター 上級研究員(研究院教授) 公益社団法人日本証券アナリスト協会プライベートバンキング 教育委員会委員長 株式会社青山ファミリーオフィスサービス取締役 早稲田大学法学部卒業。日本興業銀行の行費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業、国際金融法務で修士号取得。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。著書に『世界のプライベート・バンキング「入門」』(ファーストプレス)、訳書に『ファミリービジネス 賢明なる成長への条件』(中央経済社) 等