catch-img

日本版家族憲章

家族憲章は一族と一族事業の永続化を実現するための重要なツールです。しかし、家族憲章を実際に作成したことがある方は少ないでしょう。また、つい最近までは家族憲章そのもの(別称として、ファミリー憲章や一族憲章、親族憲章など)を聞いたことは無い方が大半だったのではないでしょうか。家族憲章という言葉だけで想像すると、家族(一族)が守るべきルールや決まりだと思いがちです。それは間違いではありませんが、全体像を捉えているかというと必ずしも正確な説明とは言えません。

今回は、家訓との対比や欧米の実例も踏まえて日本のファミリービジネスに求められる家族憲章についてご紹介させていただきます。

目次[非表示]

  1. 1.家訓との違い
  2. 2.欧米の家族憲章を学ぶ
  3. 3.日本の一族に求められる家族憲章


家訓との違い

まず、一般的にはいわゆる、家訓のことを家族憲章と同様なイメージで捉えているのではないでしょうか。

日本ではご存知の通り、長い伝統をもつファミリービジネスが多く存在しております。それゆえ、家訓がある一族も当然ながら相当数あるものかと思われます。

家族憲章と聞くと、家訓のように先代からの教えを遵守することが前提となる教訓めいた文書をイメージされる方もいらっしゃるでしょう。

しかし、永続を目指す一族の家族憲章では先代が遺したものに加えて、当世代が遺すべき要素を付け加え、次世代に何を遺すべきか取捨選択するプロセスが求められます。すなわち、世代ごとに一族内外の経営環境を反映させて更新し続けることに特徴があります。家族憲章は一族の決まりごとでありつつ、絶対・唯一のものではなく、当世代が主体的に加筆修正をする点が家訓とは大きく異なります

その他にもいくつか相違点がございますが、今回は割愛させていただきます。詳細を知りたい方は、別ブログ「家族憲章と家訓の違い」に記載しておりますので、是非ご覧ください。

  家族憲章と家訓の違い 株式会社青山ファミリーオフィスサービス


いずれにせよ家族憲章は馴染みがない概念・用語であっても、一族の身近にあることを纏めた、実は馴染み深い文書であるとご理解いただけましたら幸いです。


欧米の家族憲章を学ぶ

欧米では、古くから個人主義の発達や価値観の多様性、女性の社会進出などが日本より進んでいました。その中で、何世代にもわたって一族の内外の経営環境に対応するためにはある種の明確な理念や一貫した論理に従うことが求められ、家族憲章を用いて明文化することが一族と一族事業の持続的成長を成し遂げることに繋がってきたのです。

また、ファミリービジネスそのものの学術研究においても、ケロッグ経営大学院(アメリカ)やIMD(スイス)、バブソン大学(アメリカ)など欧米の研究機関が先駆者となって研究を進めております。そのような背景から家族憲章をはじめ、ファミリーオフィスが未だ普及していない日本の現状において、欧米の事例・研究を学ぶことは1つの足掛かりになります。そちらの紹介も別の機会で取り上げられたらと思います。

しかし、日本独自の社会風土や法制度を考えると、一族と一族事業の永続化に資するドキュメントにするには、家族憲章を一族独自のものにカスタマイズしていくことを忘れてはなりません。文献に書かれている海外の例や他社の家族憲章の例に頼りすぎてしまうと、家族憲章の本来の効力が大きく失われてしまうリスクがあります。この点に関しては、別ブログ「家族憲章の雛形にご注意を!」をご参照下さい。

  家族憲章の雛形にご注意を! 株式会社青山ファミリーオフィスサービス


日本の一族に求められる家族憲章

今後、家族憲章を作成しようと考えている日本の一族は、独自性に加えて、現在の経営環境がVUCAの時代に直面していることを念頭に置かなければなりません。VUCAとは、Volatility(予測不可能な形での変動)、Uncertainty(AかBかどちらか分からないこと)、Complexity(分析の対象となる状況が複雑であること)、Ambiguity(解釈に複数の余地があること)の頭文字を合わせたものです。状況が流動的で、その展開に予想がつかず思わぬ場所から敵に遭遇する不透明な状況を指す米国の軍事用語として生まれました。後にビジネス業界でも使われ始め、現在の経営環境はまさにVUCAと言えるでしょう。

このような環境を契機に、永続化を目指す日本の多くの一族が家族憲章を作り始めるためには、先代や自身が経験した経営環境に囚われず、現在起きている諸問題に対応できるドキュメントになっているかが重要です。自身が苦難を乗り越えてきた経験は未来の世代にも不変の法則として時代を超えて活かせると考え、無意識に押し付けてしまう恐れがあることに留意しなければなりません。実体験を後継世代に遺しつつ、その評価や選択をする場には常に後継世代も参加させる仕組みが重要です

それこそが永く成長し続けるファミリービジネスの基底となり、家族憲章はその一端を担います。日本のファミリービジネスにおいて、今まで抽象的で属人的になりがちであった家訓やカリスマ経営者をベースとした一族の求心力を家族憲章により、一種の一族株主による参加型のシステムにすることが可能です

一方で、家族憲章を全く白紙のところから作成するのは大変な労力もかかるため、そのような一族は決して多くはないと思われます。今まで事業を続け来られてきたからこそ存在する家訓を重宝している一族や、先代の様子を日常的に見てきた子ども世代は先代の想いを把握する契機がいくつも存在しております。

また、当世代が創業世代になる場合においても、創業の理念や親などから直接教えられて大切にしている価値観をもとに家族憲章の作成に着手することもできます。そこに後継世代(未来の一族株主)も考慮したバックキャスティング思考を組み込むことで、家族憲章を未来に向けて開かれた、より意義深い文書に仕上げられます。


今日までの手法で一族事業を存続させてこられたのは事実であり、それは大変すばらしく、大きな価値があるものです。しかし、そのまま維持するだけでは今後も必ず成功するとは言い切れず、また、家族憲章さえ作れば100%永続できる保証もありません。

最も大切なことは経営者や一族事業に直接関わる方のみならず、一族メンバー全員に一族と一族事業を支える意志があることであり、その想いを脈々と受け継いでいくことです。​​​​​その1つの手段が家族憲章なのです。

米田 隆(監修)
米田 隆(監修)

早稲田大学商学学術院 ビジネス・ファイナンス研究センター 上級研究員(研究院教授) 公益社団法人日本証券アナリスト協会プライベートバンキング 教育委員会委員長 株式会社青山ファミリーオフィスサービス取締役 早稲田大学法学部卒業。日本興業銀行の行費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業、国際金融法務で修士号取得。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。著書に『世界のプライベート・バンキング「入門」』(ファーストプレス)、訳書に『ファミリービジネス 賢明なる成長への条件』(中央経済社) 等