事業承継における家族憲章の活用

家族憲章を作成してその効果を最も実感する場面は、後継世代へ事業承継をするタイミングです。なぜなら、家族憲章の継続的な運用で一族一体化が成し遂げられているか否かが事業承継の成否を決める要因となるからです。

一般的に、ファミリービジネスの事業承継は20~30年に一度しか発生しません。つまり、事業承継がされる前の一定期間、高齢な経営者が経営をしている期間があるため、事業承継時点では経営環境の変化に対応する経営変革が後手に回っているケースが多くみられます。その意味で事業承継のタイミングにおいて後継世代の経営は、経営環境の変化に対応するため、速やかな経営改革が求められているのです。そして、後継世代がこうした経営変革を成功裡に進めるには、強固な一族のガバナンスを基盤とする安定した株主構造が求められています。

今回は、家族憲章と事業承継の関係性をご説明することで、家族憲章が果たす重要な役割をお伝えしていきます。

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目次[非表示]

  1. 1.従来型事業承継
  2. 2.今求められる事業承継
  3. 3.家族憲章が事業承継で果たす役割


従来型事業承継

日本のファミリービジネスにおいて、実質1人の株主に議決権を集中させ、その株主が経営者も担っているケースが多くみられます。すなわち、1人の子どもに事業も株式も承継させることが典型的な従来型事業承継モデルであるといえます。

ファミリービジネスを取り巻く経営環境を見ると、技術進歩やグローバル競争の激化など目まぐるしい環境変化が起きています。この環境変化によって、事業継続に求められる売上高の閾値の下限が徐々に高まることによって、従来型の単独株主による経営の限界や弊害が、企業の取り組むべき課題として重要視されています。

先に申し上げた通り、ファミリービジネスの事業承継は20~30年に一度しか発生しません。それゆえ高齢な経営者による経営変革が後手に回るケースが多くなっているため、単独株主による経営の限界や弊害が事業承継のタイミングで如実に起こりやすくなっています。従来の単独株主による経営を前提とした事業承継は、具体的に下記の4つの分野で限界が現れています。


第1に、グローバル化やDX化などの従来型ではない非連続な事業展開を実行することが求められるため、経営者には従前以上に高い経営能力が求められます。単独株主による経営に固執すると、非一族から優秀な経営者を登用する選択肢が排除されてしまいます。

第2に、エクイティ性の資金調達の限界です。攻めの経営が求められる中、リスク投資に対する資金調達は、内部留保や増資などによるエクイティ性資金を検討することが望ましいと考えられます。単独株主による経営に固執すると、増資の引受手は経営者一人に限定され、個人の増資引受能力の限界に直面します。

第3に、成功している企業であるほど世代を経るごとに純資産が増加していきます。そのため、1人の株主が相続税を支払っていくことに対する財務的な限界が早晩生じます。

第4に、高い教育を受けた後継世代の職業選択の自由が挙げられます。後継世代は高いレベルの教育を受けることで、職業の選択肢が広がります。これは後継世代が一族事業以外の職業を選択する可能性が高まっていることを意味します。このように後継世代の職業選択の自由を希求する意思が高まっているなか、一族から経営執行者を輩出し続けることを前提としてファミリービジネスの永続化を考えることは困難になっています。


ファミリービジネスが環境の変化に対応した事業変革を進めていかなくてはならない中、このような単独株主による経営に固執することによる4つの限界を抱えることは、一族と一族事業の永続化の阻害要因になりつつあるのです。
上記の4つの分野における限界に関して、さらに詳細を下記の記事で説明しております。
『単独株主による経営の限界』


今求められる事業承継

では、ファミリービジネスはどのようにして、この危機を乗り越えていけば良いのでしょうか。その1つの答えは、一族全員で事業承継に対応していくことです。人数が増えれば、単純に資金調達や経験の幅が増し、1人あたりの相続税負担は軽減し、経営能力にも多様性が生まれます。

しかし、複数一族による事業経営は一見、簡単な解決策のように思えますが、事業の舵取りを行う経営者の立場において、その役割を複数名で対処していくことは口で言うほど、容易ではありません。明確なゴールや短期での成果が見えることは稀有である事業経営において、一定の客観的事実に基づく戦略の立案と決定は可能であっても、その戦略をやり抜くためには、改革に反対する守旧派を動かし、組織風土を変革する忍耐強い努力が求められます。

その際、経営に携わる一族株主が一族理念の下に足並みを揃え、一族の経営チームを支えることが求められています。忖度や利害関係から全員が一方向を向くのではなく、自ずとお互いの価値観が合致して一方向を向かなければなりません。勿論、一族内で意見対立が生じることもあるでしょうが、それ自体は全く問題ではありません。問題になるのは根底にある理念や価値観に相違があることです。

その一族の一体性を強化する手法の1つが家族憲章です。家族憲章に記載されている一族の理念や価値観を一族メンバーに浸透させ、一族と一族事業の永続化を一族全員が真に望むことで、個人ではなく一族集団での事業承継を支える枠組みが実現可能な解決策となるのです。


家族憲章が事業承継で果たす役割

上述のように、一族集団での事業承継を円滑に果たすには、家族憲章は欠くことのできない重要なポイントです。その家族憲章の作成・運用には、3段階のプロセスを踏むことが求められます。

第1段階:一族メンバーが一族の価値へ合意すること
家族憲章や一族会議体を通じた一族事業の永続化を支えるファミリーガバナンスの強化を意味します。

第2段階:安定株主集団の形成へ合意すること
共通の価値観を背景として、一族が安定株主として一族事業を支える覚悟を一族間で共有することが必要です。

第3段階:一族事業の戦略へ合意と支援をすること

安定株主と一族事業が同じ方向を向くことに加えて、一族が持っている無形資産(ノウハウや人脈、経験など)を投入して、一族事業の持続的企業価値向上を支えることができます。

このように一族が安定株主集団として存在することに合意し、安定株主として一族事業の戦略へ合意し支援をすることは、ファミリーガバナンスを土台としたコーポレートガバナンスによる一族事業への経営の規律を意味します。これにより、一族株主は活性化された取締役会を通じて一族経営執行チームを監督し、中長期でみた持続的企業価値向上を可能とすることができます。

事業承継には引き継ぐ一族と引き継がれる事業の両方で、上記の連続したプロセスを経た強い2つのガバナンス構造が構築されていることが求められます。その結果、一族での事業承継、そして、家族憲章の最終目標である一族と一族事業の永続化がより確実なものとして実現できるのです。

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米田 隆(監修)
米田 隆(監修)
早稲田大学商学学術院 ビジネス・ファイナンス研究センター 上級研究員(研究院教授) 公益社団法人日本証券アナリスト協会プライベートバンキング 教育委員会委員長 株式会社青山ファミリーオフィスサービス取締役 早稲田大学法学部卒業。日本興業銀行の行費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業、国際金融法務で修士号取得。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。著書に『世界のプライベート・バンキング「入門」』(ファーストプレス)、訳書に『ファミリービジネス 賢明なる成長への条件』(中央経済社) 等

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