単独株主による経営の限界

従来、ファミリービジネスの経営においては「単独株主による経営」、つまり「オーナー経営者が自社株式の全てを保有する」ことが、理想的な企業経営の在り方と考えられてきました。
しかし、ファミリービジネスを取り巻く外部経営環境も一族内の状況も常に変化し、昨今ではVUCA(※)と言われる未来の予測が立ちにくい非連続な環境変化にさらされるようになっています。

※VUCA・・・「Volatility(予測不可能な形での変動)」「Uncertainty(AかBかどちらか分からないこと)」「Complexity(分析の対象となる状況が複雑であること)」「Ambiguity(解釈に複数の余地があること)」の頭文字を合わせたもの


経営の本質は環境変化に対するタイムリーな適応です。「単独株主による経営」一本槍で本当にファミリービジネスの永続性を担保できるのでしょうか。
本稿では、変化の激しい現代社会で顕在化する「単独株主による経営」の弊害と、それに代わるファミリービジネスの新しい経営と事業承継の在り方について論じていきます。

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目次[非表示]

  1. 1.「単独株主による経営」の弊害
    1. 1.1.経営能力
    2. 1.2.自社株式の承継コスト
    3. 1.3.後継世代の職業選択の自由度の高まり
    4. 1.4.リスク投資に伴うエクイティ性資金の調達の限界
  2. 2.「単独株主による経営」に代わるファミリービジネスの経営と事業承継の在り方
  3. 3.「事業を支える一族集団による経営』に期待される効果
    1. 3.1.経営能力
    2. 3.2.自社株式の承継負担
    3. 3.3.後継世代の職業選択の自由度の高まり
    4. 3.4.リスク投資に伴うエクイティ性資金の調達の限界
  4. 4.結び


「単独株主による経営」の弊害

変化の激しい現代社会では、「単独株主による経営」に頑なにこだわることで次の4つの側面から弊害が生じています。

経営能力

<外部環境>
VUCAの時代:現代社会は、従前と比較すると変化が激しく、複雑性を増し、想定外の事象が発生する将来予測が困難な状態、つまりVUCAの時代と言われています。たとえ、長い業歴に裏付けを持つ確固たる既存事業を持つファミリービジネスでも、不断な経営変革なくしては永続を果たすことは困難な時代に入ったことを意味します。

求められる高い経営能力:このような背景から、経営者には従前に増して高度な経営能力が求められており、上場企業を中心に社内外から高度経営人材を登用しようとする動きが見られます。


<弊害>
経営能力の劣後:上場企業と市場で競争している以上、非上場のファミリービジネスにも従前以上に高度な経営能力を持つ経営者への要請が高まっているはずです。しかし、ファミリービジネスの永続化を担う一族が「単独株主による最高経営執行責任者」という考え方に固執してしまうと、社内での昇進に限界を感じる非一族の優秀なプロパー社員やプロ経営者を一族事業の経営承継者にすることはできなくなります。

少子化傾向が続く我が国においては、今後益々創業一族が持つごく限られた血族集団の中から経営者を選ばざるをえなくなり、競争市場が求める人材とのギャップがより拡大する可能性を高めることになってしまいます。

限られた血族という人材プールの中ではそうした高い経営能力を持つ人物を、常に輩出し続ける保証はできないからです。結果として、必ずしも十分な経営能力のない者が、創業一族出身という理由だけで経営者となり、一族の存在が事業の存続と成長にかえって弊害となってしまいます。


自社株式の承継コスト

<外部環境>
高水準の承継コスト:日本の相続税の最高税率は55%と、諸外国と比較しても高水準です。さらに事業承継に値する事業は、本源的競争力を有しており、その企業価値を持続的に高めることが前提となります。つまり、時間の経過とともに自社株式の評価は必然的に上昇し、後継世代になるほど自社株式の承継コストは増大することが予想されます。


<弊害>
担税力の限界:自社株式の評価が上昇していくなか「単独株主による経営」に固執することは、その事業承継者の承継コストが個人として負担限度を超えることを意味します。これでは早晩事業承継者の担税力は限界を迎え、企業経営を行う傍ら税引後所得のほとんどを自身の納税資金調達のための借り入れ返済に充てざるを得ない状況になります。こうした本来成長投資や利害関係者への健全な分配に充てられるべき資金が承継コスト(=納税に伴う借入金の元利返済)に費やされてしまうことも、「単独株主による経営」によって引き起こされる弊害の1つと言えます。


後継世代の職業選択の自由度の高まり

<外部環境>
豊かな教育機会:成功したファミリービジネスを経営する一族の後継世代は、一族の豊富な資産を背景に、高度な教育機会が提供され、その結果、より多様な職業選択を可能にする環境にあります。


<弊害>
たしかに後継世代が高い水準の教育機会と幅広い人生の選択肢を享受できることは素晴らしいことです。しかし、「単独株主による経営」に固執したファミリービジネスで、後継者候補が事業承継をしないことを選択すれば、長いファミリービジネスとしての歴史が途絶えることになってしまいます。そのことは多くの「単独株主による経営」に固執したファミリービジネスが、後継世代に夢を諦めさせるよう強いるか、ファミリービジネスの永続を断念するかの二者択一の選択を迫られることになってしまいます。これも「単独株主による経営」がもたらす弊害の1つと言えます。


リスク投資に伴うエクイティ性資金の調達の限界

<外部環境>
エクイティ性資金調達の必要性の高まり:前述の経営環境の変化から、競争力のある事業を持つファミリービジネスであっても、競争力を未来に向かって維持・強化するには新規事業投資や新規分野でのM&Aなど、いわゆるリスクの高い事業投資をエクイティ性資金での調達をもって実行する必要性が高まっています。

ファイナンスの世界では、リスクの高い新規事業投資は、既存事業投資と比較して、売上予測が特に困難であるため、エクイティ性資金での調達が望ましいと考えられています。つまり、既存事業の見直し頻度が高まるVUCAの時代の下での事業経営では、ファミリービジネスであっても、一定のエクイティ性資金調達が必要な状況にあると考えるべきなのです。


<弊害>
資金調達手法の限定:エクイティ性資金調達の主たる方法として内部資金と増資があります。しかし、増資はファミリービジネスが「単独株主による経営」を維持する前提に立つと、当然にその増資引受手は既存の単独株主となり、個人の増資引受能力の限界に直面します。つまり、実質的に増資という資金調達手法をとることができず、資金調達の面から攻めの経営に資金調達から制約がかかってしまう弊害が考えられます。


「単独株主による経営」に代わるファミリービジネスの経営と事業承継の在り方

ファミリービジネスがこれらの弊害を克服するには、「単独株主による経営」を構成する
「単独株主」と、「所有と経営の一致」という2つの前提を見直すことが必要となります。つまり、「創業一族という集団が株式を所有」し、かつ「所有と経営の分離も可能」という企業経営と事業承継の在り方を転換する必要があります。

こうした、ファミリービジネスを支える一族株主集団を形成するための具体的な検討項目等については、下記の記事をご参照ください。

ファミリービジネスと後継者不足問題


「事業を支える一族集団による経営』に期待される効果

ここからは、所有と経営の分離を前提に一族と一族事業が新たなガバナンス体制を導入することで、上記4つの弊害に如何に実効ある形で対応し得るかについて論じていきます。

経営能力

非一族経営者という選択肢:コーポレートガバナンスを整備し、所有と経営の分離も可能とすることで、創業一族に加えて社内外から優秀な非一族経営者の登用を検討することができ、ファミリービジネスとしての持続力強化と経営レベルの高度化を実現することができます。

一族の力の活用:ファミリービジネスの永続という共通の目的をもった一族集団が直接的・間接的に経営に関与することで、一族構成員はその能力・経験・人脈を各々の固有のニーズとバランスを取りながら一族事業に活用することができるようになります。この一族集団の力は、一族の特定の一人が能力・経験・人脈を注ぐことで得られる力よりも大きいことは言うまでもありません。また、個人の寿命や能力を拡張する「一族」という活動主体を観念することで、「単独株主による経営」に固執するファミリービジネスで散見される、オーナー経営者の、暴走・私物化・老害といった負の側面の抑制も期待されます。このように、「単独株主による経営」からの脱却は、攻めと守り双方で、経営のガバナンス力を強化する効果が期待されます


自社株式の承継負担

相続税負担の分散:一族集団で株式を承継することで、当然に自社株式の承継負担も個人レベルでは分散されることで単独承継より、特定個人の負担は大いに軽減されることになります。財産分割の面でも、一族間でより公平感を担保することに繋がります。


後継世代の職業選択の自由度の高まり

多様な事業への関与の在り方の実現:個人の尊重という観点だけでなく、VUCAの時代における環境変化への対応という観点からも、一族は多様な価値観や能力を包摂できる集団であることが望ましいと考えられています。このように、多面的な観点から強い一族集団を作るためにも、「経営執行者として子供にいかに事業承継をさせるか」を考えるよりも「後継世代の職業選択の自由の尊重と、ファミリービジネスとしての永続をいかに調和的に両立させるのか」と視点を変えることが重要です。

こうしたアプローチを取ることで一族一体性強化に関する一族全体への説明責任をより高めることができます。ここでも、「所有と経営の分離」を可能にすることで、後継世代が一族事業に必ずしも経営執行者として関与せずとも、一族株主として一族事業のガバナンスを担う立場で関与することは可能となります。これは、欧米のファミリービジネスでも導入が急増している一族株主の経営の関与の在り方で、後継世代の職業選択の自由と、ファミリービジネスとしての永続を両立させる有効な手段です。


リスク投資に伴うエクイティ性資金の調達の限界

増資引受能力の向上:増資によってエクイティ性資金を調達する場合にも、増資を引き受ける者が複数いる方が増資引受能力が高いことは自明です。さらに、「単独株主による経営」という前提に立たなければ、創業一族がマジョリティは保持していれば、経営の局面によっては一時的にファンド等から出資を受け入れることも考えられ、これにより一族事業の資金調達の選択肢は更に広がることに繋がります。


結び

確かに、「単独株主による経営」に、オーナー経営者の強力なリーダーシップのもと迅速な意思決定が可能という良い面があることは否定しません。しかし、ファミリービジネスを所有する一族と外部環境の双方がダイナミックに変化する中で、「単独株主による経営」だけが常に最適な事業承継の在り方では必ずしもないと考えられます。特に、2世代目、3世代目を迎えたファミリービジネスにおいて本稿で論じた弊害が顕在化する傾向が顕著です。本稿がそういったファミリービジネスの事業承継の在り方を見直すきっかけになれば幸甚です。

【参考資料】

ファミリーオフィスについて

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米田 隆(監修)
米田 隆(監修)
早稲田大学商学学術院 ビジネス・ファイナンス研究センター 上級研究員(研究院教授) 公益社団法人日本証券アナリスト協会プライベートバンキング 教育委員会委員長 株式会社青山ファミリーオフィスサービス取締役 早稲田大学法学部卒業。日本興業銀行の行費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業、国際金融法務で修士号取得。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。著書に『世界のプライベート・バンキング「入門」』(ファーストプレス)、訳書に『ファミリービジネス 賢明なる成長への条件』(中央経済社) 等

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