ファミリービジネスにおける事業承継がうまくいかない理由

多くの企業が事業承継に関する悩みを抱えています。特にファミリービジネスは「株主」と「経営」に「一族」の要素を加えた3要素を統合的に考慮する必要があり、そのため非ファミリービジネスと比較して事業承継の検討もより複雑になります。


本稿では、「一族」の要素に着目し、円滑な事業承継を妨げる原因の一つである「一族間のコミュニケーション不足」について考えていきます。一族間のコミュニケーション不足は、事業承継・相続対策の十分な検討を阻害し、承継の失敗につながります。事業承継・相続対策の有効性を高める基礎的要素としてご参考としていただければ幸いです。


一族間のコミュニケーション不足とは

一族間のコミュニケーションを「一族の関係性」と「コミュニケーションの種類」に要素分解しそれぞれ類型化すると、次のように考えられます。
一族の関係性は、親子間に代表される縦の関係性と、兄弟間に代表される横の関係性に分類できます。
一方、コミュニケーションの種類は、何気ない日常的コミュニケーションと、事業承継に代表される一族の重要な意思決定に必要となる公式なコミュニケーションに分類できます。
本稿では、一族間のコミュニケーション不足を、「一族の縦と横双方の関係性を含めた公式なコミュニケーションの場が不足している状態」と定義し、以下記述を進めていきます。


データが示すコミュニケーション不足と事業承継の関係

公式なコミュニケーション不足を裏付ける1つの参考データがあります。中小企業経営者の子ども(20歳~59歳)に「親と事業承継について話し合ったことがあるか」という質問を行ったところ、46.2%が「一度も話し合ったことがない」、14.6%が「1度だけ話したことがある」と回答したというアンケート調査の結果があります。 (エヌエヌ生命「中小企業経営者の息子・娘を対象にした事業承継に関する調査」2022年5月)。


このデータからは、事業承継について、約6割の方々が親子間で直接に会話する機会をほとんど持てていないというショッキングな事実が浮かび上がってきます。いかに一族間で公式なコミュニケーションが取られていないかがお分かりいただけるかと思います。


また、欧米の研究では、ファミリービジネスの生存率は世代とともに低下し、2世代目は30%程度、3世代目では10%未満になるとの調査結果があり、日本においてもほぼ同様の結果が得られています。このように3世代を経るまでにファミリービジネスの継続率が著しく低下する理由の一つとして、3世代目となるといとこ同士の世代に入り、一族が集団としての一体性を維持することが困難になることが指摘されています。これは言い換えれば、一族間の公式なコミュニケーションの欠如がファミリービジネスの継続率に影響していると言えるでしょう。


公式なコミュニケーションを仕組み化する

日常的コミュニケーションが取れていれば、必要性が生じた時に公式なコミュニケーションも問題なく実施できるという意見もあるかもしれません。たしかに、公式なコミュニケーションの場を必要に応じて設けるという考え方もあるかもしれません。


しかし、それはあくまでも十分な日常的なコミュニケーションを、一族全体で自然に取ることができる場合にのみ妥当する考え方です。世代が進むと関係性の薄い一族メンバーが急増し、日常的なコミュニケーションすら一族全体では十分に取ることが難しくなります。一旦、一族全体としての日常的コミュニケーション量が一定水準以下まで減少すると、一族全体での公式なコミュニケーションの機会をタイムリーに設けようとしてもなかなか実現できず、結果的にファミリービジネスの承継を困難にします。


世代を経るごとに、一族の一体性は加速度的に失われていきます。したがって、日常的なコミュニケーションができている段階で、公式なコミュニケーションの場を「一族会議体」として仕組み化し、次世代へ承継することが、中長期的に一族のコミュニケーション不足を防ぐために重要と言えます。


一族会議体の構成

一族会議体の常設は、一族や一族事業会社の永続化を目的として行われます。そして、この一族会議体の常設と効果的な運用を実現するために家族憲章があります。
家族憲章は、一族会議体の運用規則など、一族の一体性に関する諸規程類の根本となる定めのことを指しますが、詳細については下記の記事をご参照いただければ幸いです。


「家族憲章に意味があるのか?」


一族会議体では、一族とファミリービジネスに関する報告や意思決定、利害対立の調整、交流などを行います。こうした活動を通じて、婚姻や出生などで加わる新しい一族メンバーに対して、一族や一族事業の基本理念を伝えます。また、家族憲章も一族内外の環境変化に対応し、時代にあわせた改訂を行います。このような一連の活動を一貫して行うことで、一族の一体性を維持・強化することを、世代を超えて実現していくことが可能となります。


これらの役割を効果的に果たすため、一族の会議体は一族総会(Family Assembly)、一族会議(Family Council)の2種の会議体から構成されます。


●一族総会

一族全体でのコミュニケーションを担う組織。基本的には一族事業の株式を保有する世代の成人が参加する会議です。年に1度、一族の理念や一族同士のつながり・親交を深めるために開催され、後継世代の事業への理解を深めたり、一族のメンバーの意向・考えを聞いたり、共有したりすることが主にこの会議体で行われます。会社組織でいう株主総会に対応します。内容に応じて、一人一票または株式の持分比例などの議決方式により、経済的権利の取扱い等に関して決議を行います。


●一族会議

一族総会の委任や家族憲章の規定によって権限を与えられた、一族に関する実質的な審議と重要な意思決定を担う組織です。一族の主要メンバー(各家の代表者や一族事業会社の株主など)が参加します。事業承継については、主にこの会議体で議論され、その結果を一族総会で後継世代にも共有します。


まとめ

一族間ならではの感情的な難しさなどから、一族間での議論というのは容易ではありません。しかし、コミュニケーション不足を放置すると、次世代以降に大きな禍根を残すことになります。そのようなことにならないよう、一族の公式なコミュニケーションの場を定期的に設けることが必要になります。

米田 隆(監修)
米田 隆(監修)
早稲田大学商学学術院 ビジネス・ファイナンス研究センター 上級研究員(研究院教授) 公益社団法人日本証券アナリスト協会プライベートバンキング 教育委員会委員長 株式会社青山ファミリーオフィスサービス取締役 早稲田大学法学部卒業。日本興業銀行の行費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業、国際金融法務で修士号取得。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。著書に『世界のプライベート・バンキング「入門」』(ファーストプレス)、訳書に『ファミリービジネス 賢明なる成長への条件』(中央経済社) 等

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