一族事業に関心が薄い一族株主への対応
目次[非表示]
- 1.はじめに
- 2.③‐B株主への配慮を欠いた経営の問題点
- 2.1.潜在的リスク
- 2.1.1.<リスク① 買取請求>
- 2.1.2.<リスク② 高額な配当要求>
- 3.一族と一族事業の相互関係の構築
- 3.1.③‐B株主への対応順序
- 4.結び
はじめに
創業当初のファミリービジネスは、経営に関わる一族のみによる株主によって構成されることが一般的です。しかし、世代を重ねて後継世代に自社株式が相続されていくと、次のような多様な属性を持つ株主によって構成されるようになります。
①:経営を担う一族株主 例:代表取締役
②:経営に関与しないが事業に関与する一族株主 例:従業員
③:事業に全く関与していない一族株主
③の事業に関与していない一族株主は、さらに次の2種類に分かれます。
③‐A:事業に関与していない、しかし事業に協力的な株主
③‐B:事業に関与していない、かつ事業に関心が薄い株主
③‐Aの代表例として、創業者の配偶者が挙げられます。こうした株主は事業への直接的な関与はなくとも、持株数で重要な位置を占め、かつ事業や現役世代に対する理解や思い入れが強いため、現役世代を議決権行使と精神面の両面から支援する存在であると言えます。
③‐Bの代表例として、報酬として株式を取得または自社株買いした元取締役や元従業員であった一族から相続により株式を承継した子息が挙げられます。こうした株主は一般に少数株主であり、事業への関心も薄いと言えます。
議決権行使の際には中立的な立場から経営代表者に受動的に従うケースが多くみられます。それは単に事業に関心がないという消極的な理由からであり、実態は一族事業を支える意思がない株主と言えるでしょう。
ファミリービジネスでは世代を重ねるとともに、相続によって③‐B株主が増加する傾向にあります。同時に、一般的に少数株主である③‐B株主は③‐A株主と比べ、経営や一族の意思決定において軽視されがちです。本稿では、③‐B株主のような事業に関与していない少数一族株主への配慮を欠いた経営と一族運営に内在するリスクと、③‐B株主への対応について論じていきます。
③‐B株主への配慮を欠いた経営の問題点
対応の必要性:③‐B株主が能動的に株主総会で議決権行使を行うことは一般的に稀です。先述の通り③‐B株主は少数株主であることが多く、仮に議決権を行使したとしても会社に対する影響力は弱い株主であると言えます。
それゆえ、少数株主である③‐B株主に対して、一族事業の経営者や大株主による配慮の優先度は低くなりがちです。しかし、少数株主への十分な配慮が欠如した経営は、経営に対する潜在的なリスクを徐々に高めることになってしまいます。そして、些細な出来事を契機に、潜在的リスクは顕在化し、経営において無視できない影響を与えることにもなりかねません。
潜在的リスク
少数株主への配慮の欠如が産む代表的な潜在的リスクとして、株式の買取請求と、事業再投資を度外視した高額な配当要求の2点が挙げられます。
<リスク① 買取請求>
買取請求のリスクを顕在化させる契機の例として、少数株主の相続発生時や、少数株主の相続対策の検討時が挙げられます。③‐B株主の株式を保有し続ける精神的動機は決して強くありません。むしろ子供達の相続税納税資金のことを考えれば、自身が保有する株式を現金化したいと考えるのが通常です。
したがって、少数株主の相続発生時や相続対策の検討時が、会社に対する株式の買取請求を発生する契機となります。こうした自社株式の買取請求は会社に想定外の現金流出を生じさせ、企業運営に財務面から制約を与えることになります。さらに、買取価額に関する交渉が難航すると、話し合いが法廷に持ち込まれ、多くの精神的・時間的コストを要することにもなりかねません。
<リスク② 高額な配当要求>
もう一つのリスクは、少数株主が自己都合で事業への影響を鑑みない高額な配当金を要求する可能性です。このリスクを顕在化させる契機の例として、少数株主の子息の進学のタイミングに代表される、少数株主のライフイベントを起因とする現金要求があります。
こうしたライフイベントで発生する資金ニーズを満たすために、少数株主は会社に高額な配当要求を検討する場合があります。その際に、③‐B株主は長期的に会社を支えるという考えはなく、短期的な自身の資金ニーズを満たすことを最優先にします。そのため要求する金額は経営者にとっては受け入れがたい金額となることがあります。
こうした③‐B株主への軽視が孕む潜在的リスクが、現在は顕在化しなかったとしても、将来の顕在化リスクを否定することは出来ません。むしろ、世代交代とともに株式はより分散されながら継承され、経営や事業に責任を持たない株式所有者の増加が容易に想定されます。
また、優良企業であればあるほど、株価上昇による買取請求額の逓増が想定されます。これらを総合的に考えると、世代を重ねるごとに③‐B株主への軽視が孕む潜在的リスクは増大し、かつ顕在化の可能性も高まっていくと言えるでしょう。
以上のことから、③‐B株主への対応を放置することは、将来世代にリスクを残すことになり、加えてファミリービジネスの永続化における最重要概念であるスチュワードシップ※の観点からも望ましくない行動と言えるでしょう。
※スチュワードシップ:未来から資産を預かるという受託者としての責任があることを表している。
では、こうした③‐B株主に対してはどのような対応が望ましいのでしょうか。一般的に多く検討されるのは、早期に株式を買い取るという手段だと思われます。しかし、それは常に最善の手段なのでしょうか。
一族と一族事業の相互関係の構築
一族事業を支える株主:一族事業を支える株主とは、一族が果たすべき使命・一族が一体性を維持することの価値・一族が目指すべき姿などの一族理念を理解し、一族事業を支えることにコミットした株主を指します。
こうした一族事業を支える株主は、株主としての責務を果たす対価として、一族事業から有形・無形の恩恵を享受します。この株主の責務の1つに、常設された一族の会議体で一族の経営者と積極的にコミュニケーションをとり、一族理念を共にする安定株主として、議決権行使と精神面の双方から経営者を支える役割があります。
その他の一族事業を支える株主が果たす役割については、別記事『単独株主による経営の限界』内の「事業を支える一族集団による経営に期待される効果」をご参考ください。 |
一族と一族事業の相互関係:一族株主が一族理念の共有によって強固な安定株主集団として存在し、その安定株主集団が企業戦略に合意し中長期的に支援することで、一族事業がより成長し、一族事業の成長による恩恵が一族メンバーにも還元されます。
このように、事業を支える一族と一族事業は互いに支え合う関係性を有し、ともに成長する関係性にあります。そして、支えあう関係性の基盤がその一族の持つ一体性です。
③‐B株主への対応順序
啓蒙:上記のように一族事業を支える強い基盤作りの観点から見ると、③‐B株主への対応として買取請求以外の方法が考えられます。それは、改めて一族理念を教育し、ともに一族を支える株主となるように③‐B株主に対して働きかけることです。
昨今の後継者不足は多くのファミリービジネスで深刻な問題となっており、ファミリービジネスの永続の観点からも、一族が事業を支える一族集団として維持していくことは重要であります。また、③‐Bに才能豊かな人材が含まれているかもしれません。事業を支えることによる有形・無形の恩恵や一族の理念などについて啓蒙を進めることが重要です。
理念に対して共鳴を得られない場合:③‐B株主への啓蒙を真摯に十分行った結果、それでも理解が得られない場合には、買取を検討するべきでしょう。その際にも、啓蒙活動を通じた事前のコミュニケーションをとり、お互いの考え方を把握しておくことで、突発的で唐突な株価による買取請求ではなく穏当な話し合いに基づく買取請求が期待されます。
③‐B株主発生予防:先に述べた通り、ファミリービジネスでは世代を重ねるごとに③‐B株主が増加してしまう傾向にあるため、③‐B株主の発生を抑制する仕組みと、発生してしまった場合の対応についてもあらかじめ一族で協議し家族憲章の中に定めておくことが重要となります。
家族憲章について、詳しくはこちらをご覧ください。
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発生を抑制する仕組みとしては、常設された会議体で常に一族の理念を浸透させ、責務とともに享受する有形・無形の恩恵を意識させることが必要です。こうした活動を続けても、例えば国際結婚等でやむなく事業を支える一族としての責務を果たせない一族が発生することも想定されます。
その場合にも事前に株式の買取ルールを定めておき、予定調和の世界で物事が進むように備えておくことが必要です。こうした仕組みを、欧米のファミリービジネスでは一族株主を樹木に例え、「木の剪定」と呼びます。
結び
事業に関与していない③‐B株主に何らかの働き掛けを行うことは、買取請求を起こす契機となりかねないため極力避けたいという考え方もあるでしょう。しかし、それは問題の顕在化を先送りしたに過ぎません。
先送りされた問題は将来世代でより解決が困難な形となって発生することを考えれば、問題を防止する仕組みを作らず、放置して成り行きに任せるということはファミリービジネスの永続化を阻む行動であると言えます。
理念を伴わない③‐B株主への対応として、まずは事業を支える一族で体系的な一族コミュニケーションの仕組みや、そこに参加する責務の対価としての恩恵を整備し、その上で、理念を伴わない③‐B株主にその整備された仕組みに参加を促す啓蒙活動から検討してみてはいかがでしょうか。
【参考資料】
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