親族内承継の相談事例
ファミリービジネスを所有する一族において、一族事業を後継世代に引き継いでもらいたいと考える当世代の一族は少なくありません。そこで親族内承継を実施するため、一族事業の株式や社長職を後継世代に承継する手続きをとります。たしかに、当世代の持つ権利や財産を後継世代に渡すことで事業承継は完了します。しかし、事業承継の目的は、創業家が所有(経営)する一族事業を継続させることにあります。すなわち、事業承継後、後継世代が一族事業の企業価値を毀損させてしまうと、事業承継は失敗したと言わざるを得ません。そのためにも、親族内承継においては、当世代の持つ経営ノウハウや価値観(=無形資産)を後継世代に確実に承継することが求められています。
今回は、親族内承継で必要とされる無形資産の承継に際して、創業家の持つ悩みの一例をご紹介します。
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事例①:事業承継に関する世代間のコミュニケーション不全
事業承継に向けて、社長であるA氏は、自身が保有する一族事業の株式を子どもたち3人の家に均等に承継させる意向を示しています。
しかし、経営承継に関しては、十分な準備が必要となることを社長は理解しつつも手が付けられない状況でした。A氏は「自分が興した会社を一族の誰かに引き継いでほしい気持ちはあるものの、経営者の立場として、一族の後継世代が次の社長に相応しいかどうかは、まだ判断がついておらず、本人たちに経営者になる意思と覚悟があるのかも確信を持てない。」と考えています。
一方、後継世代の考えは「財産に関しては承継方針の説明を受けたが、経営の承継については、社長がどのように進めていくのか全く分からない。社長は以前から生涯現役を貫くと話している一方で、突然、社長職を後継者に譲るようなことはしないと思うので、社長なりにタイミングを検討しているのだろうか。やはりここは社長の考えを直接聞いた上で私たちも方針を決めていきたい。」とのことです。
このように、親子の双方が経営承継への強い関心を示すものの、互いに忖度するあまり、具体的な行動に歩み出せないケースは少なくありません。親子間の日常的なコミュニケーションに問題はなく、年末年始や盆に一族全員が集まることはあるものの、そうした場では互いの近況報告や世間話に終始してしまいがちです。その結果、経営承継に関する具体的な検討がされない状況が放置され、現経営者に万が一が起きた際に、承継者をはじめとする関係者は十分な準備ができないまま、突然、事業承継を迎えることになります。その結果、一族の経営者として果たすべき責務を自覚できず、企業価値を毀損してしまうリスクを高めてしまいます。
事例②:同世代における世帯間のコミュニケーション不全
創業者から事業を引き継いだ長男B氏と次男Cは、B氏が社長を、C社が副社長を務めており、2人とも60代になったことで子ども世代(=第3世代)への事業承継を検討し始めています。2人の仲は非常に良好で、かつ、仮にどちらか1人が会社経営に携わることができなくなっても、どちらか1人が会社にいれば今の順調な事業経営を維持できると考えています。2人の子ども世代に関しては、B氏の長男、C氏の長男と次男が一族事業に入社しているものの、3人とも役員には就任していません。
B氏は「社長の長男であるからという理由だけで、息子に次の社長を任せるつもりはなく、弟の子どもたちが経営者として適した人材であれば是非とも社長になってもらいたいとも考えている。しかし、株式の承継も含め、一族の経営への関わり方について私たちの世代である程度の指針を決めておかなければ、子供たちの世代で跡目争いが起きる可能性は否定できない。」と心配しています。
この事例のように、創業家の第3世代は従兄弟関係になるケースが多く、第2世代までとは異なり、同世代間の世帯を超えたコミュニケーションの場を頻繁に設けることが難しくなりがちです。それ故、第3世代以降の一族では一族間の絆が急速に弱まり、創業家として一族事業への求心力が構造的に弱まることとなります(兄弟で創業した企業は第2世代から従兄弟関係になるため、上記のリスクは第2世代から既に高まると想定されます)。
上記2つの事例は、一族間のコミュニケーション不足を起因とした親族内承継における懸念点に着眼したものです。詳細は一族ごとに異なるものの、親族内承継における代表的な心配事と言えるでしょう。
親族内承継を検討する際、一族内の承継する側と承継される側での十分な意思疎通がなければ、事業承継を契機に一族事業の衰退リスクを高める恐れがあります。同じ一族だからこそ、基底となる理念やビジョンの共有が求められているのです。したがって、事前の十分な討議を行う場を意図的に設けることが親族内承継の実現に向けた足掛かりとなります。
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